地球社会における新文明への耕作活動へ

日本の国際貢献 Japan's international contribution

国際的な社会的ジレンマを超えて

【 要約 】

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先進諸国は、世界における凡ての諸国がそれぞれの国益を求め国民の多様な意見に左右され、自説を主張し多様な意見の飛び交う地球社会の中にあって、説得力のある進化の灯火を示し難くなっています。
地球社会という基盤の存在を忘れて国際的に勃発し続けている悲劇的な諸問題に対して、先進諸国は自ら国際的領域における社会的ジレンマ(参考資料①)を超えて、凡ての課題点に対して自律能ある責任ある国家集団の形成にあたるべき立場にあるべきと考えられます。
それは過去には見られなかった、数多くの政策の中にはなかった新しい価値観に準拠する秩序の形成に向かって、先進諸国は一歩ずつ歩を進める道標をおきつつ目標到達の道筋つくりを主導しなければならない厳しい責任ある立場に措かれているように思われます。

数世紀前の文芸復興の時代から、人間の精神活動による自律は大きな進展を見せました。
ダーウインの進化論は科学の一学説(参考資料⑦)にすぎないと論説されるようになってきた現在も尚、科学技術の進展は、相も変わらず目に見える領域に集中し、これにともなう物質文明の開花によって、物質的な異領域におけるいわゆる「無明」(参考資料④)を拡大し、社会組織的な無為によってあらゆる側面に疲労が蓄積し、先進諸国の現状では対策を集中しようとしても、評価する価値観の変貌に適応するには確信が薄く、絞り込みが出来ない局面の混沌を拡大しつつあります。

いまこそ我々は新秩序にむけて序動する蛍雪の同志として先進諸国を支援し、混沌からの脱出のための基本的原則と方策を確認しなければなりません。この国際的に討議さるべき基本的原則と方策とは、人類進化のための最も重要かつ聖なる識別点が「国際社会における社会的ジレンマに対する人類の進化をかけた挑戦」に正面からとり組むか否かの集団的な意志決定にあります。それはまた人間の精神活動の自由をかけて周到な準備の上で決行される「客観的な科学技術」に対する必要な現代的補正かも知れません。

この意志決定は、地球人類始まって以来の大いなる挑戦であり、人類のもつ聖なる使命(参考資料②)への第1歩であります。地球人類が生き残りをかけて挑むべき「国際社会の現状を見据えた上の社会的ジレンマの克服」をやり遂げる自己の意識改革に、人間自身が立ち上がれるように、その背景を整えることが国家の責任であるときがやって来たのであります。

我々人類社会が「無明」(参考資料④)のただ中に存在することが確かな今、正しく確信を持ってこの基本的な変動に適応できるかどうか、客観的な科学的判断は出来そうでも、主観的な科学判断が影響する領域の反応(参考資料⑤)が読み切れないのは重要な事実であります。それは生命の起源や宇宙との関わりを唯物論的な自然科学によって説明しようとするよりも、超高度な意志がインテリジェント・デザイなーとして関与されたと考える方が適切(参考資料⑦)であるという事例が、客観的といわれる先端科学技術の進展の上に多く発見されつつあることからも言えるのであります。

そして又、我々が無明の中にあって、乗り越えなければならない最大のテーマは、「貪欲の自律的な制御」であります。それが国益と呼ばれる分野にも及んで始めて国際的な無明に対処できる背景が整います。 我々人間が持つ物質的かつ金銭的な貪欲の心が国際的な覇権主義を生み、覇権のための様々な力が主因となって無明を呼んでいます。 この貪欲という動物的特性を、煩悩即菩提という理解によって集団的な意識改革に臨むときは、既に過ぎ去ったように思います。

現代人にとっては、もはや貪欲に汚染された精神性の問題になっております。従って貪欲に対処するにあたっては、客観的な科学かつ普遍的な理解のもとに具体的な手段によって対処する他はありません。この手法は、ことの性格上詳細な理解を伴うものではなく、事態を収束するリード要因によって、波及的成果が充分に期待できるものでなければなりませんし、徐々に拡大してゆくような手法が必要であります。本稿では細菌汚染によって困窮した事態を解決した事例に従ってその解決策を探りつつ、ささやかな提案を試みています。

地球人類社会という集合状態が、何らかの集団的に意識改革を成功させるには、集団化する目標に集団的な合意があることが必須のことであります。これを成立させるには現代人の納得できる科学的、論理的説明と実証的な説明によるほかはありません。

地球人類が古い昔、宗教的な原理主義の強い束縛から、客観的な科学技術によって物的な自由度を高め、引いてはある種の精神的な自由性を高めることに成功しましたが、今度は物質的な自由を確保する措置に縛られて、結果として未来への展望を失っています。
我々は大いなる成果を上げた客観的な科学技術に「こころともの」の界面に関わる主観科学的な領域を学問としての各分野に拡大し、この主観的な科学による解明によって、社会的ジレンマに正しい解を与え、貪欲汚染からの脱出に道をつけることを第1の出口戦略にしなければなりません。

そして、われわれが社会的ジレンマに対応するときに使用するだろう確率論的な実験計画法(参考資料⑥)を活用する、いわゆる特定の目標を持った地域コミュニティを特定して行う社会的実験によってインテリジェント・デザインされてもおかしくないと思われるシナリオの採用を公的に討議し、自律できる背景の素材集としなければなりません。 可能性のありそうな新秩序形成因子を数個までに絞り込んで行う実験計画によって政策化することの是非を討議すべきではないかと思うのであります。 長きに亘った君主国の時代を経過し、立憲君主国や民主主義的改革を経由して、真の民主主義的識別を可能とするまでの期間を、いまの疑似民主義的制度を改善し実験主義的な政策決定制度によって、自律できる人間像への接近を模索するのであります。

先進諸国の国民を含めて地球生命体と共に生きるものたちが、究極の知恵と愛に包まれた多様で細かな思いやりの発露によって、歴史を主導した国家やその市民たちに力を与えたとき、我々自身が世界を救うのであります。 このことによって大いなる希望の光が与えられるように、その具体的な道がインテリジェント・デザイナーの聖なる意を受けられた先賢の深い知見によって探求されているように思われてなりません。 

世界を覆っている深い閉塞感からの脱出には、真の民主主義的社会を建設するための実験諸元に公的な討議や実験主義的政策素材の公開情報を展示し、実験主義的政策モデルによる成功事例の現実的な構築への決意を公示することが必要であります。 所属する国家あるいは国家共同体の願いを込めて、実験対象となすべき特性ある地域コミュニティを公募し選択して、実験の前提条件や背景の整備について充分な時間をかけた討議が行われるべきと思われます。

そして「今や地球国家は競争の手強い相手である国家ではなく、新しい夢を創る力強い仲間同志だ」と思うべき時がきたことを立証するのであります。その夢の実現は、地球人類社会を構築する国家による貪欲汚染による無明からの脱出とそれ故の社会的ジレンマの超克を実現するという強い意志に懸かっていると思います。


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