地球社会における新文明への耕作活動へ

日本の国際貢献 Japan's international contribution

国際的な社会的ジレンマを超えて

3.国際社会における社会的ジレンマ

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【有限をかいま見て腑に落ちない非納得性】 このように従来の思考体系とその獲得形質によって、地球人類社会の構成員たる国際社会を圧倦している無明は、軍事力や経済力による覇権や支配力体制が原因となって、意識段階を向上させつつある人々の非納得性によって落ち着く先を見失っていることが主因であることは想像に難くありません。 
しかし他方では多方面におよぶフロンティアが地球上に存在していた時代のままの発想をもったままに、相も変わらぬ既得権を模索し続けている国家群にも隠されたままの大切な問題が残っています。

【五障と臨界値】 このような国家は、国民という名の共通の利益に名分をおき、これを大義として国益を追求するものですが、何か釈然としないものを感じるのは、有限が目に見えている地球という生命体に、これら国家の視線が向いていないことに原因があるような気がしてなりません。
有限の刻が来るまでに先取りしておきたいという旧来の競合的な姿勢、即ち「貪瞋痴という煩悩」(参考資料④)による展開を志す以上は、それに伴う「五障」参考資料④)が因果として戻ってくることを覚悟しなければなりません。覚悟した国家に戻るのではなく凡ての国家が被る「五障」のさわりでは困ってしまいます。これがマイナスに働く社会的なジレンマです。

弱肉強食という言葉は、動物惑星と呼ばれてもいる地球の長い歴史的特性であったことは確かなことでありますし、これが人間進化の必要な行程でもありました。 しかし充足を旨として素朴な生活を生きている国民と他国の同様な生活をしている国民との間の隔たりは、少なくとも人間本然の姿を見る限り、その差を殆ど感じません。 しかしこれらの方々にも、文明の利器を指し示せばそれを求めて、すぐさま科学的利便性を追い求めるようになることも事実だと思います。 これは当然のことでありますし、宇宙意志は、これらの傾向を示されることによって「ある系における臨界値(状態)の意味を知らしめる」(参考資料⑨)ためではないかと思います。凡ての有機的なシステムでは、系そのものが有機的なるが故に、系を構成しこれを維持するための凡ての軸性に臨界値を持っているものと思われます。

【こころとものの界面の科学】 凡ての科学技術製品が精神活動を伴って使用されることは当然のことですし、これらの技術によって人間の創造活動は著しく進展の速度を上げることに成功しましたが、これに伴って進展を確実にする意志の関わる社会的な現象に対する部分になると、その力は一挙に半減し問題解決へのスピードは急激に低下いたします。 そして今もなお科学的研究の前提条件には、物質的に視認できることを重視し既存の公理や定理に反することなく、定められた実験成果の再現性が高いと見なされることを重視する傾向が強いのですが、この設定には意識的に心という聖なるもの、宗教的領域に触れることを恐れて、踏み込まないようにしていた社会背景が大きく影響していたものと思われます。

その結果、心から物に振り切ったいわゆる客観的な科学技術の急激な展開は、この科学的研究の前提条件の設定に対する臨界点が適正であったのかという判断を、次世代科学者たちの意識段階に委ねてしまい、「羮に懲りて膾を吹くように」して放棄しているのではないかとさえ思えるのであります。
しかし今や、この輝かしい成果をもつ物的領域における科学的研究にも、「人間の持つ意志が如何に関与するか」を躊躇なく検討対象にすべき時がきた、それを仮に客観的ではなく主観的な科学技術と読んでも良いかも知れません。そしてその分野にこそインテリジェント・デザイン説なくして説明が付かない多くの事象が発見されつつあるのであります。しかしもう暫くの間は、人類の適正な学びの期間が必要であると考えておかねばなりません。

このように人間の心と物との両面の科学的理解、即ちある特定の主観的な意志によって、客観的に立証される科学的理解との間の、界面を構成する軸性や有機的システムにあるブラックボックスを如何なる方法で解明するかが必要な時代になったのであります。 このような不安げな人間のもつ意志と意志の集合体が集団となって放つ波動と、それを受けとって構築される環境形成上の物質的な反応との因果関係が理解できないまま、国家間の相互関係は毎日、いまも発している波動をもって激しい速度で営みを続けているのであります。


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