地球社会における新文明への耕作活動へ

日本の国際貢献 Japan's international contribution

国際的な社会的ジレンマを超えて

7.参考資料

P15

① 社会的ジレンマ
山岸俊男著 「社会的ジレンマ-環境破壊からイジメまで」 PHP新書 May/2005


② 人類の持つ聖なる使命と目標 (仮設設定) 
濃密な物質惑星に住み濃密な物質体をもって生きる我々地球人類が主導して、物質性の本質を理解し、これを制御する聖なる意志と、究極の智慧と科学的詳細な手段を学び、原子、鉱物、植物、動物そして人間など凡ての地球生命体を多様性と物質性を維持したまま聖なる惑星として太陽系宇宙の一構成員となり、太陽系における全惑星の役割を分担し聖なるご意志の顕現に貢献することをもって我々地球人類の目標と仮設定します。

そしてこの実現のために我々人類は、地球社会構成員の集団的な意識段階の上昇を、適切な道標のもとに如何なる方法によって達成するかを検討し、その顕現に吾らの凡てを尽くして貢献することを志すものであります。 
この人類の目標達成のために人間が与えられた使命は、宇宙的な期間を通じて形成された動物惑星たる地球生命体を、聖なる太陽系惑星の一つとして完全な調和を達成するため、各生命体のための認識間通訳の役割を果たすことによって、各生命体のもつ意識段階の向上に努め、遂には宇宙意志の放たれる波動と完全に調和する地球に進化するという聖なる使命を果たすものとして、生命が必要とする論理展開の仮設基盤とするものとします。

③ 人間の、そして人類の集団的な意識改革
人間の、そして人類の集団的な意識改革といっても、実に幾つかの段階や水準があります。人間には、各意識段階(参考資料⑬)があり、意識段階ごとに理解力、理解領域の大きさ、識別力、推理力などの広がりもあり、物質的な領域から、情緒的、精神的、深層心理的、霊的な領域における意識段階もあり、更に高度な我々人間には理解できていない領域も大変多くあるようであります。
この意識段階は、段階を飛び越えて一挙に悟りの境地を得るようなものではなく、段階的な登坂を幾生も幾生もかけて実現されるものであることから、一般に「戻らざるもの」と呼ばれるものまで成就された確率は極めて低いと言われています。
しかしながら、ここに言う悟りの境地に到達するまでには、多くの超えなければならない山坂があります。悟りの境地とかあるいは得度に至るまでにも幾つかの段階があり、「霊性の誕生、煩悩の超克、所知障など五障(参考資料④)の認知、自我の放棄、そして変容」などと呼ばれています。
ここで言う人類の集団的な意識改革は、霊性の誕生と煩悩の超克をいい、人類が聖なる目標を達成するために、必要な認識限定則を超えて集団的な認知を実現するための問題として捉えられています。


④ 無明と五障-仏教的思想による-
仏教的な求道者は、声聞乗と縁覚乗とに分類され、それぞれ自分にみ合う修行が行われ六波羅蜜を行じて寂静の悟境をえるものとされています。煩悩ある行動が原因となって様々な因果応報の業をうけ、現世における様々な障りがあるとされています。現在の国際関係にも同種の反応が観察されそうなので、この高い教えを社会的課題に適用してみたらどの様になりそうかを仮設定したものがありましたので、あえて「普遍知による対策」として参考に供してみたものです。

国際社会が陥っている閉塞感の構成因子と対策の方向


五障への対策



⑤ 客観的な科学技術と主観的な科学的識別力
数理統計や、最近ではポートフォリオ選択論などに主観確率(subjective probability)という言葉がよく使われています。 筆者も自然科学から都市や市街地の再開発という領域を学んだ経験から、客観的な科学技術の実態と研究課題と手段については意見があり、社会現象について苦慮する中で、主観的科学の領域にも大きく光を当てるべき時が来たことを、痛感するものの一人であります。
ルネッサンスの頃から現代にいたる客観的な科学研究の前提には(objective analysis) 客観的分析が凡ての前提になっており、宗教的原理主義の人間の自由を制限する態度を否定するために、やや主観的分野を思考の外に排除して目に見える物質的領域に限定しつつ発展してきました。科学的研究の前提は、比較的簡単なもので、しかしそれが物質的分野では大きな成果を上げているのも事実ですし、核科学の領域ではやや一体的な傾向を示し始め大きな期待がかけられますが、以下の解説は客観と主観の入り口がよく説明されているので、(平凡社百科 鈴木 雪夫氏)による解説をそのままご紹介したいと思います。
「事象の生起の不確実性の程度を主観を混ぜて評価した確率のことをいい、主観的確率ともいう。ある事象の主観確率が評価した個人に依存せず共通であれば、それは客観(的)確率とよばれる。したがって、正しいさいころの各目の確率が1/6というのは客観的な確率である。正しくないさいころの各目の確率は、評価する主体により異なるので主観確率である。たとえば、このさいころを1000回投げ、各目の出現回数を情報として再評価された各目の確率も、主体により異なるので依然として主観確率であるが、はじめの確率よりも主観性が減少している。主観性(あるいは客観性)の程度は、確率を評価する主体および彼にとって利用可能な情報の量と質に依存する。主観確率の評価と表明は、例えば天気予報のように、情報の伝達に有用であるとともに、意思決定を合理的に行うためにきわめて重要である。通常は効用関数も評価して、期待効用最大化という原理に基づいて最適の決定が選択される。」


⑥ 実験計画法によるデザインの概要 design of experiments
多くの研究報告や活用事例がありますので、ここでは百科事典(平凡社世界大百科事典 景山 三平氏)の記述を紹介するのに留めます。
数理統計学の一つの応用手法で、どのようなデータを集め、どのように分析したら、そこから導かれる統計的判断に誤りが少ないかを研究する学問である。数理統計的手法の多くが、得られたデータの解析に主として用いられるのに対して、実験計画法はデータの効率的な集め方を決める一つの有力な手法といえる。
農事試験の計画とそのデータ解析から発展した実験計画法は、今日広く生物学、医・薬学、工学、心理学などの実質科学の分野に活用されている。また理論的にも、整数論、置換群論、環論、有限幾何学、グラフ理論、符号理論、組合せ理論など多くの数学の分野と互いに接触をもつ分野に成長している。
 実験の場に確率モデルを導入するため、実験計画法の創始者 R. A. フィッシャーは1920年代に、反復、無作為化、局所管理の3原則を提唱、誤差の推定と管理を可能にし、モデルの下で実際に解析する手法として分散分析法を確立し、実験計画における統計的方法の重要性を力説した。
 実験計画法の基礎においているデータの確率モデルは線形モデルである。すなわち、観測値からなるベクトル y が未知母数のベクトル θ と誤差ベクトル e を用いて y=Xθ+e と表される既知の行列 X(計画行列という)が存在するときである。このとき実験計画で扱うことは、(1)モデルが与えられたときの推定、検定などの統計的推論、(2)ある種の目的と制限をみたすように計画行列X を求めること、(3)観測の実情に基づいて統計的線形モデルなどによる取扱いの理論的根拠を与えること、である。以下、基礎概念であるフィッシャーの3原則の考え方を述べる。

 実験を計画するとは、実験処理の選択(因子と水準の選び方)と実験配置の方法(ブロックの構成と無作為化)を念頭において必要な意志決定を行うことである。ここで因子とは実験結果を表す特性値に影響を及ぼすと考えられる種々の原因系のうち、その実験で取り上げて比較されるもの、水準とは因子のとる種々の条件をいう。またブロックは実験の場を層別する因子である。実際実験から妥当な結論をうるかどうかは、実験で取り上げて比較した処理が実験の目的に照らして適切であったかどうかによる。それゆえ、実験処理の選択は因子と水準の選び方とともに実験者の創意と工夫が必要となる。また実験結果のデータに誤差が伴うのはつねである。この誤差を考慮に入れて統計的判定をくだすためには、前述の統計的モデルをみたすように実験が計画されなければならない。これらのことを可能にするのが以下に述べるフィッシャーの3原則である。

(1)反復 もし同一条件下での2回以上の独立な繰返し(実験の反復)があれば、その実験でのデータの散らばりの程度がわかり、誤差分散の推定ができ、平均値に伴う誤差は小さくなる。

(2)無作為化 測定誤差には、(a)偶然的に起こりその状態が統計学でよく知られた確率分布に従うと仮定できる偶然誤差と、(b)測定の時間的順序、測定者のくせや装置の差など一定の傾向をもつ系統誤差がある。フィッシャーは系統誤差を偶然誤差に転化するため、実験順序、装置、測定者などの無作為割付け(例えば乱数表などを用いる)を提案した。このことより実験の場の誤差分散の大きさを偏りなく評価できる。

(3)局所管理 いま3通りの処理を3日間にわたって各3回ずつ実施する場合を考える。
このとき(1)(2)の原則をみたすものとして各処理の割付けを全体として無作為に行う完全無作為化法がよく使われる。しかしこの実験は1日3交替で3日間かけて行うので、時間的順序に伴う系統誤差は日間変動と日内変動から成る。一般に日間変動は日内変動より大きい。完全無作為化法では両方とも誤差として扱うので、日間変動もなるべく小さくなるように、この3日間を通じて実験条件を均一にしなければならない。このことは一般には不可能なことが多い。そこで日内変動は無作為化により誤差に転化し、日間変動は“日”をブロックとして考えブロック内の実験条件をできるだけ均一にする誤差要因の局所管理により除去される乱塊法を用いるのが普通である。日間(ブロック間)に差があったほうが結論の適用可能な範囲が広いといえる。実験装置や担当者を変える必要があれば日の変り目に行えばよい。このことは実験を非常にやりやすくする。この局所管理の原則はブロックの構成原理とも呼ばれる。工場実験では通常、日、作業者、装置などがブロックとして用いられる。


⑦ インテリジェント・デザイン説の動向
「ダーウィン進化論の終焉・科学の新パラダイム」
インテリジェント・デザイン 第1集<電子版e-BOOK> 世界日報社


⑧ ゲームの理論と囚人のジレンマ
ゲーム理論とは、簡単にいえば、1組のルールによって定義された対象に関する数学の一分野であるが、その内容は広い領域にわたって深いものをもっている。同じくゲームから出発した確率論を意思決定理論という面で比較すると、確率論はただ一人の意思決定主体が偶然事象に直面したときの意思決定に関する理論であるのに対して、ゲーム理論は複数の意思決定主体が相互依存の関係にあるときの意思決定に関する理論である。ゲーム理論は自由な自立的な人間を前提として、その相互依存関係のもとでの意思決定、行動、効用などを考える人間関係の数学的理論であり、それを通して社会の構造を明確に認識することができる。すなわち、ゲーム理論は社会認識のための数学的理論である。
 したがって、それは単に数学の一分野というだけでなく、哲学、倫理学などの人文科学、社会学、政治学、経済学、経営学などの社会科学をはじめとして、統計学、情報科学、オペレーションズ・リサーチ、計画学、その他の理学や工学の基礎理論として重要な役割をになっている。例えば、経済学においては、投票の理論や、公共財の供給やその費用負担を中心とする社会的選択理論、寡占市場を出発点とする市場理論や一般均衡理論などは、ゲーム理論によって厳密に基礎づけられることによって初めてその構造が明確になったということができる。このように広い分野で重要性が認識されるに伴い、20世紀における最も重要な科学的貢献の一つといわれている。

囚人のジレンマとは、ゲーム理論における非協力、非ゼロ和2人ゲームの例として考えられたもので、ある事件の共犯であることが確実な容疑者を別件で逮捕し、別々の部屋で検事が2人に〈黙秘するか自白するか二つの方法があって、自白すれば自白した者の刑を軽くする〉と告げたとする。そして、もし一方が自白し、他方が黙秘したとすると、犯罪の事実が確定し、自白した者は減刑されて1年の刑を受け、他方は10年の刑を受ける。2人とも黙秘すると、2人とも逮捕された別件の罪で2年の刑を受け、2人とも自白すると5年の刑を受ける。この三つのケースの結果に対して、2人は表のような評価値(効用)をもつとする。


ここで例えば(8、0)というのは、自白した者の評価が8、黙秘した者の評価が0であることを示す。
ここで2人の囚人は黙秘すべきか自白すべきかのジレンマに立たされる。2人の間が完全に不信の関係にあれば、2人とも自白するであろうし、何らかの信頼関係にあれば、2人とも黙秘するであろう。どのような関係にあるかはそれまでの2人の行動の歴史によって定まるもので、一般にはいずれともきめかねる場合が多い。このような例は社会のさまざまな分野においてみられ、社会的関係のもつジレンマを示すものとして広く応用されている。(平凡社百科事典鈴木 光男氏より抜粋)


⑨ 臨界状態 critical state (平凡社百科事典 小野 嘉之氏より抜粋)
一定量の気体を温度一定に保って圧縮すると、気体の体積は小さくなり圧力が増します。圧縮を続けると、ある圧力のところで液化が始まりますがしかし、一定の温度から上では、どんなに圧縮しても気体は液化しないようになります。圧力を加えることによって液化が起こる限界の温度を臨界温度といい、臨界温度で液化の起こり始める圧力を臨界圧力といわれています。臨界温度や臨界圧力は、各気体に特有なものであり気体の量には関係しません。この温度や圧力における物質の状態を臨界状態といい臨界状態が生ずる点を臨界点と呼んでいます。


この臨界状態に対してミクロな解釈をすれば、物質を構成する原子や分子などの粒子間には、相互に力が働いていますが、この力は粒子間距離が小さいときには斥力、大きいときには引力になり、無限に離れればその力は0になります。
力の向きが斥力から引力に変わる距離 a は、だいたい数Å(1Å=10-8cm)程度であり、粒子間距離がこの程度のときに相互作用のポテンシャルエネルギーは最小になります。温度は原子や分子の運動エネルギーの目安を与えるものであり、低温では運動エネルギーが小さく、原子や分子が互いに及ぼし合う引力を振り切って飛散することができないので、粒子間の平均距離が a 程度の配列が実現することになります。
その配列の堅固さの度合によって、物質が流動性をもつ場合ともたない場合があり、前者は液体、後者は固体であり、更に高温になると原子や分子はその熱運動のため、互いの引力圏から飛び出すことが可能になる。この状態が気体であります。
 粒子間の平均距離は圧力によっても調節することができ、気体、液体、固体のどの状態をとるかは圧力と温度によって決まります。このような臨界状況は社会的集団の中でも近似する形で多く発生します。
 都市社会におけるある種の目的達成のための社会的集団化現象にも、固体、液体、気体の相移転と殆ど同じ傾向が見られますが、特に再開発事業のような集団による自律的な意志決定によって再開発という実業を執行しようとするとき、これに似た判断を要求されることが多くあります。

独立して意志決定しつつ生活活動をし生産活動に従事している個人がもつ社会的な位置は、都市の近隣住区に住んでいても、生活目標は大きく離れていることが多く、精神的にも物質的にも付き合いは殆どなくその距離は大きく隔絶しており市民関係は一般的理解の上(問題が具体化しないうち)では引力として働いていますが、再開発事業という集団化事業地区という集団に参加するに際しては寧ろ一挙に距離感を縮めることとなって、多くは斥力となってしまうことが多く、厳しい課題を続出してしまうことが多くあります。
もちろん社会現象における斥力や引力の代表値になるリード要因は様々ですが、系の与件となる切迫した状態になるような圧力があったり、集団の構成員の心の奥底にある熱気が生まれたときなどは、ここに言う相転移がおきやすく、この臨界点となるぎりぎりの所を読み切る力が社会的問題では重要な識別点になることは、核分裂や核融合においても極めて重要な判断になるものと思います。


⑩ 各対策要件に関する成功確率モデル検討の事例
国家や国家社会が有する各方面の人材は、その立場や経験から、様々な認識を持っており、これに伴って国際社会的な国益のあり方、その臨界値、あるいは対策の認容のあり方をもっておられます。これは国家の歴史や、様々な因果関係によって変化しますが、これをワークショップによって討議しつつ、その差異の妥当性を議論した全く一つの事例です。















⑪カタストロフ理論 catastrophe  (平凡社世界大百科事典 野口 広氏より)
カタストロフィー理論はカタストロフ理論ともいい、不連続現象を扱う数学的な理論である。1960年代にフランスのトム Renレ Thom は、微分位相幾何学の一分野である特異点の理論を深く研究し、この理論が数学以外の科学の分野、とくに生物の形態形成に応用できるのではないかとのアイデアを得た。トムはイギリスの生物学者ウォディントン C. H. Waddington らと協力してこの理論を発展させ、《構造安定性と形態形成stabilitレ structurelle et morphogenese》(1972)を著して、カタストロフィー理論を発表した。70年代よりイギリスの E. C. Zeeman は、トムのアイデアをいろいろな現象に応用し、トムと並びカタストロフィー理論の開拓者となっている。
 カタストロフィー現象は、次のジーマンのカタストロフィー機械と呼ばれるシステムによって実験することができる。ゴムバンドを2個とり、これを伸ばさずに線分状にたたんだときの長さを1として、図1のように半径1の円板(ボール紙で作る)を点A を中心として自由に回転できるように平面に固定し、この円周上に小穴をあけて二つのゴムバンドのそれぞれの一端を固定し、その一つのゴムバンドの他端を図の点 B に固定した画鋲にかけ、他のゴムバンドの他端 P を手でもって平面上を自由に動かす。点 P は自由に動かしうるので、このシステムのコントロール点といい、点 P の動く平面をコントロール平面という。コントロール点が平面上のある点に固定されると円板はある位置にとまる。この位置はこのシステムの状態であり、図1のような角 θ(-180ツ≦θ≦180ツ)で示される。一般に P が連続的に変わるとき角 θ も連続的に変わるが、P が平面上のある特定な点を通るときは角 θ は正から負または逆に負から正へと不連続的に変わる。この不連続変化がカタストロフィーであり、カタストロフィーが起こる点をプロットすると、図のような凹ダイヤモンド形となる。こうした図形をカタストロフィー集合という。ジーマンのカタストロフィー機械は、コントロール点が平面上にあるのでその点の座標である2個の実数で定まり、コントロールが2個のシステムである。そして、コントロール点 P が与えられたとき、これに対応するシステムの状態は図1のように角 θ で示されるが、この角は P を固定したまま円板をいろいろな角の位置に動かしたときの2個のゴムバンドの弾性エネルギーで示されるこのシステムのポテンシャルが極小となるような角である。コントロールの点P が与えられたときの状態 θ を点 P を通ってコントロール平面に垂直な直線上に目盛れば、図2のような曲面 M ができる。いま、 コントロール平面上を線分 PQ に沿ってコントロール点を動かすとき、状態の変化はこの線分上に乗った曲面上の連結でない曲線 ノヒ1、ヒ2ハ で示される。つまり点 R を通過するときに状態はヒ1の角からヒ2の角へとジャンプし、ここでカタストロフィーが起こるのである。
 カタストロフィー理論はジーマンの機械のようなシステムに起こりうるカタストロフィーを決定する理論である。すなわち、いまここに外部から与えうる量であるコントロールの個数が k 個(k≦4)であるシステムが与えられたとし、このシステムでは、コントロールが与えられたとき、これに対応する状態は、このシステムに与えられている固有のポテンシャルを極小にするような状態であるとする。こうしたシステムにおいて起こりうるカタストロフィーは初等カタストロフィーと呼ばれる次の七つのタイプのどれか一つであることを主張するのが、トムの分類定理であり、カタストロフィー理論の中心をなしている。(1)折り目(k=1)、(2)くさび(k=2)、(3)ツバメの尾(k=3)、(4)チョウ(k=4)、(5)双曲的へそ(k=3)、(6)楕円的へそ(k=3)、(7)放物的へそ(k=4)、ジーマンの機械の場合は k=2であり、カタストロフィー集合の尖点 K の近所でくさびのタイプが現れている。

 カタストロフィー理論は相転移現象、光のコースティックス、材料の座屈、流体の衝撃波、電気回路の発振現象などの自然科学へ応用されるほか、ジーマンらによって動物の闘争、人間の行動、戦争の勃発と休戦、株式市場の暴落、刑務所の暴動などの人文科学の分野へも広く応用されている。こうした人文科学の分野はこれまで数学がほとんど用いられなかった分野なので、その応用はおおいに期待されている。  


⑫自己組織化と進化の理論
宇宙を貫く複雑系の法則  スチュアート・カウフマン著 サンタフェ研究所
 米沢富美子監訳
 AT HOME IN THE UNIVERSE : THE RESERCH FOR LAWS OF
 SELF=ORGANIZATION AND COMPLETXITY by Stauart Kauffman 1995

本書では、長く議論されてきた生物界における自然淘汰という進化方法が地球上に住む生命にとって極めて重要ではあるが、それ単独で単細胞生物から動植物をへて人間までの凡ての生態系を説明しているのではなく、もう一つの原動力である自己組織化が秩序の基本的な発生源であることを説明し、生物界の秩序は単に修繕職人の手によって造られたのではない、そして自己組織化という基本原理によって秩序は自然発生的に造られたと考える著者の考えが語られている。
この考えの社会的テーマ例えば、大災害の発生に対する住民組織の効果的なあり方などの発展系が、実際に活用されている。


⑬意識の各段階について
 ① 第1自己意識
第1自己意識は、一般的には孤立した環境に生きる少数民族やそこに属する人間の意識で、木や岩石や自分の体や手足というものの存在を意識として持っている単純意識はもちろん、自分自身を凡ての森羅万象の中から分離独立した存在として認識している意識の状態である。この水準の意識は記憶力は持っているが、いわゆる理性的な判断力を持っていない状態である。従って心に印象されたことは記憶するが、それを改良したり目的に合わせようとはしない意識の状態である。

 ② 第2自己意識
この第二自己意識の人たちは、理性の第一段階を持っており、自分に与えられた想念や考えを、幾つかの異なる考えや想念に分解して、それに独創的な自己の考えを加えることによって全く別のものを創り出す能力のある意識の水準である。しかし、その推理能力は今ある自分の意識の存在する次元を超えることが出来ないで、その次元の中に留まっている意識の状態である。従って今、意識が存在する次元の中から出て、次なる次元に意識を転移させて推理を重ね次元を超えた創造をすることは出来ない状態の意識である。

 ③ 第3自己意識
ある目的のために、ある事象やある考えから出発し、それとは全く異なる次元の新しい仮定をおき、推測してシステム全体を総合的に理解することのできる意識の状態である。即ち、ある仮定をおき、この仮定に関する推理を重ねながら自己との相対的な関わりを理解し、判定の枠組みを構成することで自分自身の位置つけを実体として把握している意識の水準である。この水準の自己意識は自分自身をより高級な世界の一部分であると気付いている水準の意識であり、それぞれに離れ離れの独立した個人であるとの実感を持っている。更にこれらの中で自分の意識を有限界をこえて移せる人は、時たまに無限界と触れていると感じることがある。この聖なる接触を感じる力と推理力の形成が人間をして宇宙意識に生長せしめる重要な因子である。

 ④ 第1宇宙意識
自己意識が動物にある単純意識を超えているように、第一宇宙意識も自己意識という人間らしい第3意識を超えて、物的な生活感や物質的なものを背景に持つ情緒的かつ精神的な獲得形質を自発的に放棄する必要性を認識する意識の状態である。この第一宇宙意識は人間が初めて物的な領域を超えて相性体の変容をもたらす重要な境界領域を形成しており、全ての意識の融合活動による高揚感に支えられて不滅感を持ち、全体なる一者と交流して一体感を持つに至る意識の状態である。この様な意識を仏教では阿羅漢(アラハン)或いは戻らざるものの意識と呼んでいる。

 ⑤ 第2宇宙意識から第3宇宙意識
宇宙が活動している法則に関する知識を学び、無限という範囲を理解し始める。人に関する知識の深遠な展望が開け、あらゆる外面的不調和も総て宇宙では調和していることを悟る意識の状態から始まり、宇宙の全ての知識と能力に完全に目覚めている意識の状態である。神が全てである事を悟り、神と一体であるから我々は神であることを悟っている状態である。人間は時間創始の以前から存在するものであり、時間が終息しても存在するものであることを悟っている状態である。この水準は魂の光輝する第二から第三段階であり、仏教などではこの様な水準が人間の究極的な到達目標であるとしている。


- 資  料  終  了 -

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