地球生命体への善と益と
1.地球生命体の生存をかけた国家の戦い
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世界の諸国家は、国際的な社会情勢に有効な手だてを失っています。国際情勢に主導的な役割を果たすべき先進諸国の先進的判断に関する重要な使命は、極めて重いものがあり、内患外憂の中に押しつぶされそうな責任の重さがあります。ここに地球市民に対する夢のある出口伝略の提示が必要なことは今や決定的であり、希望なき明日のために呻き続ける無数の魂の声が聞こえてきます。
誰の目にも明らかになってきた我らが母なる星“地球”の危機的状況に当たっては、まず様々な対処が困難な事象を解析し、整理して問題を発生しているその軸性を明らかにし、更に段階毎に統合し、その本質に流れる課題を明らかにしなければなりません。
1980年代の援助のバイブルといわれたOECDによるブラント委員会報告(西ドイツ元首相 W. ブラント氏が中心となって、1980年、南と北の生残りのための戦略を提言したもの)では、①北から南へ、大規模な資金移転を行う、②先進国本位に運営されてきた国際開発機構を途上国の実情を勘案したものに再編成する、③産油国と共産圏を包含した南北対話を推進するなど抜本的な措置を講じる必要性を主張し、こうした発想の転換が行われないかぎり、前途は悲観的であるとの警鐘を鳴らしていのであります。
更に問題なことは、世界の開発思考が多様化し、開発戦略の座標軸が百家争鳴的になっていることであります。世界銀行ではケインズ的な資本投下一本やりの思考から、貧困ラインの引上げや国内の再分配を重視するアプローチに傾斜していますし、また他方では世界共同体というような理念的な開発思考がしだいに普及して来ているのであります。こうしたなかで、援助浪費説が台頭してくるなど援助に対する懐疑的な主張も増え、途上国の援助受入れのための制度改革などを条件として支援すべきであるとの考え方も次第に強くなっているようであります。
一方、中国やインドのGDPの伸長は様々な問題を含みつつも着実に展開し、消費する石化燃料の獲得にしのぎを削る勢いは止まらず、地球生命体の環境能力は悪化の一途を辿り、しかもその速度は急速に加速の度を加えてきています。そしてこれに対する物的な対策に関する思想的方位も対策案の機構表現の工夫も、全く見られてはいません。従来の経済思想では制御困難な経済通貨的事象の発生が多く観察され、識者は累卵の危うさに強い警鐘を鳴らしてしています。
今日の国際通貨金融システムの下におけるグローバリゼーション経済は、ある意味では階層構造を持っているように観察され、国際金融市場と多国籍企業、これに関する国民経済、更に地域経済といった階層構造があるとともに、国際的または国内的な産業生産と産業に循環している投資資本の働きと、通貨そのものが新しい貨幣の価値を生み出し続ける生産活動とは明らかに異なる働きが、階層的な関連をもって活動する働きが大きくなっているように思われます。
NGOやNPOといった社会運動への関心は、このような視点から有意義な側面が見られるようになっています。
これらの働きが人間の様々な段階の認識の表現系であることも確かでありますが、長い歴史的な進化に貢献した物的な欲望が、思考体系の進化に貢献し物的有限を超えて、内的有限に対処しなければならない時代に遭遇して始めて、本物に近い働きに近づく素地ができるように思います。
聖なるインテリジェント・デザインという視点からは、どのような方向が示されているのか、我々は心を定かにして聞き取れる内的境地を準備しなければならないように思えるのであります。
しかしウイリー・ブラント氏の率いたブラント委員会における様々な提案の中から特筆されるべきことは、地球が抱える物質的な問題は、様々な手法や工夫によって改善または時系列的な解法が模索されるだろうが、もっとも大きな課題は、人類が国家、国家共同体として或いは組織として獲得した既得権を、如何なる理由をもって自国民の期待に反してでも、地球生命体や弱者のために自己犠牲という手段によって放棄できるのか、これを超えることの困難さを強く憂えていたことが記憶に鮮烈に蘇ってきます。いまや我々は、この困難な諸問題を何らかの方策をもって、超えなければならないときに、当面していることを覚悟しなければなりません。
現在、地球上に存在する二百数十の国家と国民の一人一人は、太陽系宇宙ばかりではなくビックバンで生まれた凡ての宇宙の一員として存在する惑星“地球”と地球人類を中心とする総生命体の未来のために、その生存をかけた国家の戦いに勝ち残るための、魂との対話を進めつつ自らの心との闘いを始めるときが来たのであります。
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