地球社会における新文明への耕作活動へ

日本の国際貢献 Japan's international contribution

普遍化のすすめ

第1章 実在は一つ「仮説検証による統一的理解」

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3.究極理論による実在は一つ

 今、我々人類が一番信じていると言って良いものに科学技術があります。 その科学者にとって最も深いところにある願望は、あらゆる自然現象もあらゆる先端技術も十分説明できる基本法則の発見であると思います。経済や社会現象は人間の振る舞いから説明されるべきであり、人間の振る舞いは生物学的過程として説明されるべきであり、更にそれは化学的過程、物理的現象として説明されるべきであって、その達成が、我々が一番信じられる(今のところ信仰している)科学者による「究極理論への夢」であると言えると思います。

 この究極理論といわれるものは、自然現象における階層性においては上位階層において成立する基本法則や概念は、それよりも一つ下の階層においても成立する基本法則および基本概念によって翻訳もしくは書換えが可能であり、この立場を究極まで進めれば、この世界におけるすべての多様な現象は、最下位の階層の法則と概念によって必ずや記述されるはずとする科学者の立場から、改めて社会科学の領域も自然科学の分野も問い直される必要があります。しかし今のところ、これを問い直す手段を共有できない科学界の現実があり、取り組む手がかりが薄いのも事実のように思われます。

 我々が持っている僅かな知識によって、さまざまな現象が我々の理解力では何の脈絡もなく発生してしまって説明できないとき、そしてそれが我々を取り巻く日常に起きたとき、我々はある種の不安を強く感じます。この様な事態がおり重なって生じてくると社会は不安定な意識が発する波動によってある種の恐怖に陥り、恐怖の波動は次なる不安を誘発し、精神活動や情緒活動の結果、幻視や錯覚を引き起こしていきます。「ある水準の認識はその水準の認識の範囲か近接領域に限定され、それ以外の認識には伝達できない」という認識限定の法則(後述、仮定しておいた基本法則)がここでも働くからです。民度の異なる人種や民族や国家に居住する市民に、民度の高いそれに適用する情報を流し続けたとき、ことさら複雑な反応を引き起こすことは容易に想像されます。理解される部分は物的又は情緒的な部分に限定され、格差に対する欲求を先鋭化しますし、その後ろにある知的反芻を期待する部分は誤解や幻想を生むことになるのは当然になります。いわば不調和な波動の波及の結果として我々が現在みている国際情勢を理解することが可能になります。

 このような状況を放置して一端恐怖に発展する引き金が発生すれば、次々と伝染し、民度格差の大きい諸国における心理的影響は知的な反応よりも主に物的、情緒的な反応を生み、現状における市場経済体制では管理不能な事象が重なって発生する可能性が高いと考えられます。

 ここに挙げた「認識限定則のような基本概念の仮説」を仮におくことによって、恰も究極理論からブレークダウンしてゆける可能性を持っている論理体系の構築を行いつつ、進行中の科学的先端性にも波及し、これを検証し再構築する組織体制を実現することは現状における我々人類の意志ある活動として大きな意義があると思います。
 しかし究極の理論となるべき論理体系の根源となる「実在は一つ」であり、我々が現在信じておりすでに立証された分野、すなわち現在の科学的公理も同質に説明が可能であるような還元主義的な結合を果たそうとすれば、どうしても「多次元に亘る仮説理論」が必要になります。仮説の設定とはいえこの多次元にわたる仮説構築には多大な困難が待ち受けています。本稿ではこのことをどの様に進めるべきなのか、もし進めるとすれば我々が目標とするものに対してどの程度の可能性があるのかなどについて考察して見ようというものです。

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