地球社会における新文明への耕作活動へ

日本の国際貢献 Japan's international contribution

普遍化のすすめ

第2章 創造の力と認識上の限定

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2.内なる認識の限定

 ここで古くて新しいと言われる聖賢の知恵をかり、仮説として「認識限定の法則」をおいてみることとします。「認識限定の法則とは一定の認識水準を持つものは、その認識水準の幅の中に認識が限定される。従って異なる認識領域間の認識の伝達はできない」というものです。従って、その人が現在持っている認識の範囲から出て別の認識水準の事象を判断することは極めて困難となり、特に水準が離れた新しい認識を理解しようとすることは殆ど不可能になることになります。

 言い替えれば人間は一段づつ的確に階段を登る以外にはなく段階的な進歩しか望めないことになります。そこである認識水準と連担する隣の認識水準との境界領域に対する正しい理解は、認識の向上に当たって何よりも重要なことになります。この認識境界に対する真の突破がなくては認識の向上は有り得ない訳で、次元の異なる認識境界線からの脱出を果たすには先ず、直線的行動ではなく曲線行動(スパイラル)である必要があるというの先賢の言葉には注目する必要があります。

 また、一旦認識が向上したものは、到達した高い認識が完全に現実のものとなってしまっており、自分はその認識の中に浸りきっていますから脱出した元の認識はともかく、以前に経験した認識領域では既に理解が困難になっており、低い認識領域に住む人々の認識を理解ができなくなっています。ここに認識領域と別の認識領域とをつなぐインタープリターの役割がどの様な社会にとっても重要視されることになり、更に個人の進化に役立つ認識集団の役割が重要になってきます。

 さて、右図に示す人体を構成する次元構造の模式図は、古くて新しい古賢の教えから抜粋し仮説設定モデルとしておいたものです。これは遍在する宇宙霊の分霊を魂の中心に包容する人体の各体の様相を表現しています。宇宙霊はたゆたう水のように柔らかな生命の、愛の、英知の、力のそして美と至純と完全の波動を放射しており、魂はその影響を強く受けています。これを取り巻く肉体と情緒体並びに精神体という物質の影響を強く持つ各体と物的要素を殆ど持たない魂との間には大きな認識の限定があり、物的な三体の認識は魂の認識を理解できません。

 認識限定の法則は、人の各体構成の中にも活かされて、精神体の知的活動によって獲得された新しい認識は、魂の認識とは無関係に成立しているように見えます。しかし魂の持つ意識は天の影響を大きく受けていますから、瞬間的にでも精神体の活動によって得られた新認識がこれに近づくとき、一挙に魂の本質である英知と力から放たれた必要な認識との融合が始まり、恰も天啓をうけたように問題を解決する可能性は大きくなります。このとき創造を志したものは、精神体の活動によって、自らが創造したとはなかなか思えないで、謙虚に事態を報告するのが自然のことになります。この場合この発明という創造は誰がしたことになるのでしょうか。

 人間の内的な生長は、人間の各体を構成する次元の壁を超えたとき段階的な進化を果たすことが解ります。この段階的な向上には先ず、最初に超えなければならない物質界から情緒界をへて、そして次なる知的な世界への移行が一番大きな認識の乖離を感じるのであって、人間進化の成長フェーズの中では、もっとも長い期間、気のとおくなるような長い期間を要する段階といえます。

 人間は変転窮まりない無常の世相や、生死や真実を求めながら真実から遠ざかられる現実などの、厳しい苦痛の連続の中から、更に人知の及ばぬ世界のあることを予見したり、止むを得ずして、感情を制御し排除しながら知性を活用して心の中に「普遍化の引き出し(後述)」を徐々に形成し、瞑想と言われる次元の壁を越える幅広いシュミュレーションを実施することによって、ある日忽然として全体像を理解するに至るようなものかも知れません。従って物的領域からの脱出は、釈迦においてすら百八回の生を繰り返した後のことであったと言われています。

 このように認識限定の法則は、我々自身の内にも外にも多くの事例を見ることができますが、我々自身を構成している3体と魂との間における認識の限定は、深遠な必要性から生まれているとはいえ、集団的な意志決定が要求される新しい時代の重要な局面に大切な意味を持って度々登場することになると思われます。

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