普遍化のすすめ
第3章 人類の位置つけと普遍化の構造体
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1.人類史上の位置つけ
今なお進化の道程上にあるわれわれ人類の位置つけは、我々自身の我々に対する自覚と対応を定めるものとして極めて重要ですが、ここでは仮説として採用し検討の対象としてうる可能性のある記述を次の資料に求めることとしたいと思います。それは七ヶ条の普遍的な公理(Presentation of the seven universal postulates)としてリバイ・ドーリング著、栗原基訳“宝瓶宮福音書”(The Aquarian Gospel by Levi with introduction by Evas Dowling)のなかに提示された以下のようなものです。
「現代(双魚宮2000年前)における人間は、絵画、記号、儀式、形態で教えられる。人間の時代となり、信仰の時代になるのは次(宝瓶宮)の時代であり、今は人間的な神であり、王が支配し人間はこれに奉仕しなければならない。人間は、次にくる時代に声なき声を聞き霊なる神を知るでしょう。今(双魚宮)の人間は創作することが出来ない。目でみた模型によって考えるため、この時代の模型を造るべきである。こうして、7人の聖賢は以下のような模型を造られた」
Man is not far enough advanced to lives by faith、he cannot comprehend the things his eyes see not. He yet is a child、and during all the coming age he must be taught by pictures、symbols、 rites、and forms. The age of faith and of the man will be follows age. His God must be human god、he cannot see a god by faith. And then he cannot rule himself、the king must rule、the man must serve its. In the next age the human race will see without the aid of carnal eyes、will hear the soundless sound、and will know the spirit god.
いつも時代の始まりには、双魚宮の時と同じように聖賢たちは集まられこのように人類の進歩を評価され、指導される方針について協議されるご様子のように何となく拝察されます。ここに挙げられた例は2000年前のものですが、今の宝瓶宮の始まりでは如何なるご方針に定まったのかは解りませんが、新しい人間の時代から、信仰の時代へ進展するための具体的な施策が盛りこまれていることは間違いないと思います。
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