地球社会における新文明への耕作活動へ

日本の国際貢献 Japan's international contribution

地球文明へ国家の貢献 コラム

地球国家が求める「公の父性」とは何か

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 中世から数世紀も継続した大きな変革によって成し遂げられ、人類社会に高度な思考体系を創りだした客観的技術を更に累進し重視することは勿論ですが、それだけではなく太陽系宇宙の意志、人間の意志の放つ集団的かつ主観的な思いが地球人類社会の物質文明にどの様な影響を及ぼし、人類として何を自律すれば太陽系宇宙の大計画に沿うのかを知らねばならない刻が、いよいよやって来たのだと思います。
 
 私たちは今、「理想主義的な目標に対する献身」という大きな波動の中に長い間、生きてきました。理想主義的な総論では対極であればあるほど対立が生じるのは当然のことでありますが、この対立から生き残りをかけて様々な科学技術の進歩が生まれ、民生用の技術となっても展開し、視認できる科学技術は最早、現代人にとっては信仰の世界に入っているとも言えます。物的な検証が凡てであるという科学的誤解が、世界の現状を的確に把握するための最大の問題になっていることに気づかねばなりません。

貧しい人の心も富んだ人の心も全く同じ重さで形態ある世界に影響し、原子核の破壊が内的な課題を引き起こす因果関係を未だ我々は理解できない状況にあります。単なるゼロトレランスの適用ではなく、細分化された課題が融合すべき接点を創造して、そこに屈託する想いを再評価し、本格的に対策を進めようとする父のような愛が必要であります。

目に見えないものにも深い真実があります。人の心の奥底で現代科学の前提を再度、確認して新しい主観的科学の時代の具体的な方針付けのために働かなければならない時期が来たことを重視しなければなりません。主観的な科学が真実を解明して社会的に認知され力を発揮するようになるまでの間は「公の父性」と呼ぶような地球人類社会の構成員である国家、民族、そして人間の規範となるものが必要になるのであります。 
 これらのことを前提に、未熟ながら「公の父性の定義」について仮説を設定してみました。ご意見を頂きながら、心こめて修正にあたりたいと思います。

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