地球文明へ国家の貢献 コラム
意識の集団的変化"への一つの理解
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2. “明日より今日”の風潮
今にも茹で上がることに気付いていない蛙は、気付いたときはもう遅いということを知らないと言いますが、人類の現状はもしかするとこれに匹敵する状態なのかも知れません。 科学的に立証するには地球が単なる物質的天体として認識するしか方法のない状態ですが、実態を知るすべのない我々の眼前には、不安になるような兆候が異常気象とか自然現象に多く示されています。 地球に住む人類全体が目を背けることなく実情を直視し逃げることなく、誰の目のも正義と写る新しい認識を希求しなければならないと思う状態が創り出されねばなりません。
生きるための今日を重視して、明日を考えるゆとりを持たせないいまの経済制度は、活力を生むかも知れませんが、そのために人間の本性が受ける犠牲が大きすぎます。対立する創造は、今日のランクを決めないと公平性の維持は困難になります。活力を生む多様性は極めて重要ですし、多様性がうむ混沌はエントロピーを高め人間の気を沸きあげますが、その根幹が貪欲ではなく、創造のエントロピーでなくてはなりません。
その創造のエントロピーの源泉が欲望や覇権などの動物的特性から離れて、発生する現象を細分化してそこに存在する科学的領域の対立と融合から生まれでる時こそ、新しい地球社会における新しい様式の産業分野を構築され、生き生きした姿を我々の眼前に示してくるものと思われます。
科学万能とも思われる時代の真っ直中にあっても、我々の住む地球環境を巡る様々な予測が世間を飛び交っています。明日よりも今日の重要性を問う経済優位の時代の人間の精神的情緒的環境は、人間の意識の重要な部分を歪めて、これらの根幹に属する対策を先送りしている状態を放置して良いのでしょうか。
大きな会議が開催されても眼前に横たわる巨大とも思える課題に対策を決めようもなく、新しい展開を引き出す新認識を欲しがる状態に、今我々はあるように思います。
地球人類はその存亡を賭けてでも、目前の課題に押しつぶされそうになるときしか、理性的な対応は出来ないのでしょうか。それとも誰もどうして良いか解らないでしょうか。決してそうではないと思います。今は現象の本筋をも極めるために捨象して観察する新しい視点が必要なときです。遅きに失する前に意を決して自ら起ち上がる意志を声高に表明する時が来たと思います。