日本の貢献
『序にかえて』
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2000年夏のある日早朝、陽光を浴びつつ行う瞑想に際して、先賢から私のささやかな経験からの認識を通じて、人類進化に関わる特定分野について特命(地球人類の貪欲制御の手法)とご指導の基本指針についてのご教示を頂いたのであります。
爾来、ご教示を頂きながら数カ年を経過した今、ご教示を振り返りつつしみじみ思うことは、直接のご指示とは趣を異にし、先賢の御指導のもとに常在できる指導体系の現況に見合う再構築と、地球人類の特定集団による「人類進化を促進する緊急かつ集団的な意識改革」の実現にあり、このモデル構築による目に見える成果によって、人間自らの意志によって進化の道を適正に歩み始める縁になるべきことであったことに気づくのであります。
この数年間にわたるご教示は、認識の限定によって理解できない故の拡大を割り引いても尚、高度な意味を持つ厖大な理解システムであり、普通では考えられない多次元な視点によって構成されています。そしてそれは物的な客観的という立場を譲らない現代科学に対し、人間の意志の放つ波動のもつ科学的事実を含めて、究極の科学理論にはほど遠くとも、一歩近づいた仮説としての認識に立っているもののように思われます。
つい最近までまちつくり事業の1線にあり「人間による、人間のためのまちつくり」について悩み続けたものにとっては、様々な研究事例や試みの中における「市民にとってのまちつくりの心の部分」と、「計画など意志の表現する業務と、集団化との関わりを束ねた集団的な意志決定」の困難さは、農耕民族の特性の強い我が国において尚、留まるところを知らないものがあります。しかしその一方では永い伝統的思想を喪失し宗教的、思想的背景の未整理のままの日本の国には、「人間の性」ともいうよりない、まるで赤子のような素のままの多様性ある課題を現民族性の中に包含していることに気づくのであります。
このことが現代における日本の多様な課題を呼んでいるのも一つの事実でしょうが、一方では、魂の底から声を聞くにあたって、このことが寧ろ望ましい環境をもたらしていることも重要な事実であります。様々な因果関係の中に存在する先進諸国の内で、内なる認識の限定から脱出しやすい集団的特性をもつ現代日本の、現代におかれた役割はここにあるのかも知れません。