地球社会における新文明への耕作活動へ

日本の国際貢献 Japan's international contribution

惑星“地球生命体”に夢と希望を!

【Ⅱ】原子という物性に囚われた歴史と価値観

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 気の遠くなるような長くて厳しい人類の歴史は、(いま生きている人間では到底理解の及ばない紆余曲折の歴史を持っていますが)、水の惑星“地球”の凡ての生命体が、凡て水から始まり、凡て水による解決の道があったかのように、いまの私は感じています。 少なくとも水の惑星“地球”であればこそ、その水のもつ環境を活かして先進惑星たちが歩んだ道を辿り、適正な適応によって太陽系宇宙に調和できるように思いますし、いづれ、そのような形で科学的な検証されるように思います。

太陽系における先進の惑星たちも、拡張を続け移りゆく与件変化に適応するために、意思をもつ生命現象をもって、多様な方向に進化を続け相律的な与件変化に適応できるように自分を変化させています。 しかしこれと同様に、どの惑星も誕生から死滅するまでの天文学的期間の中では、輪廻と転生の大きな枠組みの中に存在しており、われわれ人間という生命体と全く同様の生態系を維持していると仮定できるように思います。

もしそのような仮定が成立するとしたら、われわれ地球人類の措かれた現在の成長のフェーズや、適応しなければならない与件の劇的な変化とは何かと考えると、太陽系惑星間の相律的な変化に適応するために、地球自身が変化を求められ、この変化が人類による生命体の総体を主導するための役割への着手準備であり、現在の地球を取り巻く物的な有限性への内的かつ自律的な適応手段であるということができるように思います。 そして人間や人類は地球の進化行程の中で、どの様な枠組みの上の位置つけと貢献上の役割を持つのか、理解するためにも思索活動上の試行錯誤は大きな意義さをもっているように、思えて参ります。

このような立場からみると、私たちの肉体は、ちょうど原子が無数の核子や核子を構成する多様な粒子でできているように、無数の微小の細胞でできていますし、その各々が一つの生命単位をもっていると言えると思います。 人間は単体という個というよりもむしろ集合体として機能している実態を、われわれは必要に応じて実感する存在でもあります。 先の仮定に従えば、生命ある実体は一つの意図と意図に基づく計画に従って構築されており、もし生命体の一部が切断されるならば、特定の意図が働かない限り、以前と正確に同じように再構築され機能を持っていることが想定されます。

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