地球社会における新文明への耕作活動へ

日本の国際貢献 Japan's international contribution

惑星“地球生命体”に夢と希望を!

【Ⅲ】希望を描くに限られた道

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 人類は、このような困難な事態に当面したとき、長い歴史の事例からみて、2~3の特例(例えば恐竜時代の天による支援の特例)を除いては、よい事例ばかりではありませんが、個を犠牲にして集団を活かしてきた多くの事例をもっています。そして集団が極限の状況に置かれたとき、国家や民族などが個の働きを捨て(知らぬ間に魂の基本特性が発現して)協働しようとしますが、いままでの思いこみからの直接思考ではどうにもならず、まず混沌の中に身を置いて事態の深刻さを説明できそうな軸性を探すよう努力することを知っています。

 そして個が自由にしても良いこと、しなければいけないこと、困難な中にも多様性を維持することが貢献度を高くすることがあり、そのために個が主体的に自律的に成すべきこと、個ではなく高度に集団化したとき解決性が著しく高くなる問題はなにか、個が具体的にどの程度の犠牲を伴って集団化できるのかなど、混沌の実態にメスを入れて軸性を探し、この軸性から現状の位置付けを明らかにして、目標の実現性ある計画への共感と、問題の解決に役立つアメとムチとを、長い期間を掛けて繰り返し解明しなければなりません。そのような社会的ジレンマの超克(現在では国際的なジレンマの超克)が、まずは人類にとって聖なる目標に近づく大切な道であります。

 こうして極限の問題に遭遇した人類は、今の所、他人事と思っている方々もおられるでしょうが、何らかのことに拘泥しなければならない事情のある方々や、特に大きな自己犠牲を伴わない殆どの方々が、眼前に展開する意外性のある気象状況や、社会現象に言いしれぬ不安を抱いているのも当然であります。

 しかし、開闢以来という、人類史始まって以来長く継続している“原子の意識”によって形成された歴史的事実や物的欲望を満たしつつ創造的な時間を過ごす生活感の中に埋没している我々の日常生活の中から、歴史的時間を掛け自らの生命をかけて、漸くかちとった個人の自由と平等とを、公の必要性に応えるからとは云って競合している相手方のために我慢することなど、とても納得できないという感覚があるのもやむを得ません。

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